あかいろモザイク

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【twitter】自由には責任が伴うって話。

小路あかりです。最初に言っておきますが真面目な話になります。

 

昨今のtwitterでは某ハッシュタグを利用した政治論談が非常に活発になっており、普段政治的な発言をしてこなかった著名人の多くもハッシュタグに載せて各々の主張をtweetしている。ハッシュタグの伸び具合は今年見たものでは最大ものとなっており、一般メディアでも多く報道されるなど影響力の大きさがうかがえる(ただ、そのメディアの多くが特定の思想に偏っているのも注意しなければならないが)。

ただこのムーブメントに対して、強烈な違和感を抱いている。左派や右派の主張がどうかというよりも、この流れそのものに対する違和感である。

 

SNSが発達した現代、無責任な言動で炎上するのは日常茶飯事。政治の話になると「国民として政治的発言をするのは自由で、政治とは生活に直結する」を拡大解釈し、過激な主張ないしあからさまな主張をしてしまう。

過激な主張はだいたい簡潔で、特に今回のケースはハッシュタグで十数文字のみで構成されていたために、共感を得やすくなっている。そしていいねやRTされたその主張が伸び、twitterならばそれがトレンド入りし、さらに多くの人の目に映ることとなる。これが循環されることで、特定の主張は世論のように大きくなっていく。もちろん、これは今回の件やコロナ問題以前から起こっているものであり、度々左派によるハッシュタグを利用した主張がトレンド入りしている。

これらは一般人のSNS利用者が主体となって起こるのが通常だが、この流れに著名人が自身のアカウントを利用し主張するといったケースも増えている。

 

今回の件を受けて思い出したことがある。僕が小学5~6年の時に担任だった先生の話である。その時の担任は「小学生高学年はある程度の自由を享受されるが、自由は同時に責任を伴う」と口癖のように話していた。ネットとリアルの両面において大切にしなければいけない話ではある。

自由には責任が伴うのはどの性別や年代を問わず共通である。しかし社会的影響力を考慮すれば、職業などにより責任の大きさは変わってくる。特にテレビなどのメディアで多く触れることとなる「文化人」はそう。多くの人がそれを知っている、あるいはファンであるために、SNSで一言喋れば一気に拡散されていく。これは文化人に限らずスポーツ選手や政治家にも該当するが、前者は所属チーム、スポンサー、競技団体が背後にあるために発言自体が生活に打撃を受ける可能性があるため直接発信している人は少なく、後者は"プロ"なのでここでは省略する。

著名人も一国民ということで、政治的な主張をするのは(あらかさまなものや、国民の生命を脅かすような危険な思想を除き)特に問題ないとは考えている。ただし、影響力のある人だからこそ、言葉選びには気を付けなければならないと思う。今回ような主張が盛り上がるようになったきっかけや、拡散されている主張や相関図が果たして事実に基づいたものなのかを。正しい主張も間違った主張も、拡散スピードは速い。主張が違うファンを中心に嫌悪感を抱き、出演・制作した作品から離れていく。そうなるとお金が入らなくなるので、結果として自分の生活を苦しめることとなる(各業界のシステムにもよるが)。「生活」の話をして、自分の「生活」を苦しめるという、本末転倒になるというリスクを承知の上で発言しなければならないと思う。