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【サッカー雑記】『南アフリカ組』の今をまとめてみる。【日本代表】

いつもはnoteでサッカー雑記を書いていますが、今回は表組みを使うのでこちらで書きます。

南アフリカワールドカップから11年半。僕がサッカーを見るきっかけになった、思い出深い大会。夜遅くまで起きて見たデンマーク戦は今でも覚えています。そしてその大会で主力としてプレーした、阿部勇樹大久保嘉人玉田圭司の3選手が今シーズンをもって、現役引退を発表しました。今日は、この大会で出場した選手が相次いで引退を発表しているということで、本戦メンバーに選出された23名の現在についてまとめて見たいと思います。

 

南アフリカ戦士』の動向

南アフリカW杯の本戦メンバーに登録された23人の当時のデータと、2021年12月1日現在のデータは以下の通り。

No 選手名 Pos 現年齢 当時所属 現所属/最終所属 引退年 備考(サッカー関係のみ)
1 楢崎正剛 GK 45 名古屋グランパス 名古屋グランパス 2018 現在は代表トレセンコーチ、名古屋のアカデミーGKコーチなどを兼任
2 阿部勇樹 MF 40 浦和レッズ 浦和レッズ 2021 大会直後にレスター(英2部)移籍
3 駒野友一 DF 40 ジュビロ磐田 FC今治 現役  
4 田中マルクス闘莉王 DF 41 名古屋グランパス 京都サンガF.C. 2019 現在は地上波中継で解説者として活動
5 長友佑都 DF 35 FC東京 FC東京 現役 現日本代表(表内では唯一の2021/11招集メンバー)
6 内田篤人 DF 34 鹿島アントラーズ 鹿島アントラーズ 2020 大会直後にシャルケ(独)移籍。現在はDAZNで解説者・番組司会として活動
7 遠藤保仁 MF 42 ガンバ大阪 ジュビロ磐田 現役  
8 松井大輔 MF 41 グルノーブル(仏) Y.S.C.C.横浜(フットサル) 2021年にフットサル選手に転向
9 岡崎慎司 FW 36 清水エスパルス カルタヘナ(西2部) 現役  
10 中村俊輔 MF 43 横浜F・マリノス 横浜FC 現役  
11 玉田圭司 FW 42 名古屋グランパス V・ファーレン長崎 2021  
12 矢野貴章 FW 38 アルビレックス新潟 栃木SC 現役 大会後にフライブルク(独)移籍
13 岩政大樹 DF 40 鹿島アントラーズ 東京ユナイテッド(関東1部) 2018 現在はDAZNで解説者として活動
14 中村憲剛 MF 41 川崎フロンターレ 川崎フロンターレ 2020 現在はDAZNなどで解説者として活動
15 今野泰幸 DF 39 FC東京 ジュビロ磐田 現役  
16 大久保嘉人 FW 40 ヴィッセル神戸 セレッソ大阪 2021  
17 長谷部誠 MF 38 ヴォルフスブルク(独) フランクフルト(独) 現役 主将
18 本田圭佑 MF 35 CSKAモスクワ(露) スードゥヴァ(リトアニア) 現役 現在は現役を続けつつ、カンボジア代表監督(兼任)としても活動
19 森本貴幸 FW 34 カターニア(伊) スポルティボ・ルケーニョ(パラグアイ) 無所属
20 稲本潤一 MF 42 川崎フロンターレ SC相模原 現役  
21 川島永嗣 GK 39 川崎フロンターレ ストラスブール(仏) 現役 正GK
22 中澤佑二 DF 44 横浜F・マリノス 横浜F・マリノス 2018 2019シーズン前の同年1月に引退発表。地上波で解説者としても活動
23 川口能活 GK 46 ジュビロ磐田 SC相模原 2018 登録メンバー中の最年長。年代別日本代表GKコーチ(東京五輪にも帯同)
監督 岡田武史 - 65 - - - J3FC今治代表取締役会長。解説者としても活動

 

また、上表の現役および引退に関する内訳は以下の通り。「その他」は異競技転向や無所属を含める。

現役選手 引退済 今季引退 その他
11 7 3 2

 

2018年の楢崎や川口などの引退を皮切りに、毎年数名が引退を発表している。2022年も現役のサッカー選手として活動している場合に限れば、来シーズンで過半数を切ることになる。

 

ポジション別詳細解説

続いては、ポジション別に彼らの現在を見ていこう。

GK

当時、正GKを務めていた川島はGK唯一の現役。海外挑戦から11年が経過し、現在はリーグ・アンストラスブールに在籍している。近年は出場機会が限られることも少なくないが、昨シーズンは他GKの離脱が相次ぎゴールマウスを守ることに。最終的に24試合に出場し、残留争いに苦しむチームの1部残留に貢献した。今シーズンは正GKセルスが負傷から復帰したのに伴い、第2GKの座に落ち着いている。

楢崎は日韓W杯時の正GK。2000年代においては後述する川口との熾烈なスタメン争いを演じた。2009年頃まで代表で先発を務める機会が多かったが、W杯を直前にしてスタメン落ち。W杯直後の親善試合グアテマラ戦でのフル出場を最後に代表引退を表明し、その8年後の2018年をもって現役を引退した。引退後の2020年には古巣名古屋のアカデミーGKコーチなどの役職を務め、今年からはJFAトレセンコーチも兼任している。現役引退まで名古屋でプレーしていたが、これはベンチ入り選手リストの「前所属」欄で横浜フリューゲルス(1999年消滅)の名を消したくなかったからとされる。

川口はフランス、ドイツW杯時でGKを務め、他アジア杯などの主要大会でも正GKを務めた。また日本人で初めて海外クラブでプレーしたGKである(2001-2003/ポーツマス、2003-2004/ノアシェラン)。楢崎と同じく2018年をもって現役を引退し、その後年代別日本代表のGKコーチも務めた。特に東京五輪でもGKコーチを務め、五輪代表のGK陣にアドバイスを送る動画が話題になったのは記憶に新しいであろう。

 

DF

大会当時、スタメンの両CBを担ったのは中澤と闘莉王の両氏。中澤はドイツW杯に続き2回目の選出で、闘莉王は初選出となった。中澤は日韓W杯こそ逃すも大会経験は豊富で、長らく日本のCBとして最終ラインで守り続けていた。闘莉王浦和レッズに移籍した2004年から実力を持っていたもののジーコ時代では代表に縁がなく、オシム時代の2006年に初選出となった。以後岡田ジャパンになった後もCBのレギュラーの座を守り、中澤と共に最終ラインの壁となった。当時の日本代表の堅守の象徴となった両選手だったが、大会後は両選手とも構想外となり、代わって今野や吉田麻也などが台頭することになる。

サイドバックでレギュラーを張っていたのは駒野と長友の両氏。駒野というとパラグアイ戦のPK失敗で今でも語られることが多いが、それまでは右SBの主力としてチームに貢献しつづけてきた。ただし大会後は内田の台頭もあり、構想外になった。現在は当時の監督だった岡田が会長を務めるJ3FC今治で現役としてプレーしている。長友は右利きながら、左サイドバックとして長年活躍している。2018年頃まではクラブにおける活躍や、日本における左サイドバックの層の薄さもあって、同ポジションにおいて絶対的な位置を確保してきた。そして現在も、当時のメンバーでは唯一代表に招集され続けている。クラブでも長年名門のインテル(ただし当時は低迷期)で活躍しており、サッカーを知らない方々でも(ネットスラングの影響もあったが)知名度は高かった。

今野は第3戦デンマーク戦のみ、途中交代で出場。当時は出場機会に恵まれていなかったが、ザック政権時でレギュラーに定着。2013年には後述する遠藤と共に、J2のプレイヤー*1でありながら代表に招集され続けていた。現在は磐田でプレーしており、先日のJ1昇格決定試合である群馬戦でも先発出場していた。

一方で当時鹿島に在籍していた内田、岩政の両氏は大会を通じて出場機会に恵まれなかった。内田に関しては大会直前まで右SBのレギュラーだったが、戦術変更の影響で出場機会を失った。大会後、内田はザッケローニの下でサイドバックのエースに君臨。シャルケでも長年に渡り活躍していたが、2015年に膝の負傷を負って以降は出場機会から遠ざかり、当時2部だったウニオンへの移籍を経て、昨冬にキャリアをスタートさせた鹿島で現役引退している。現在は代表戦で解説する傍ら、DAZNで毎週配信されているサッカー番組「Atsuto Uchida's FOOTBALL TIME」で司会を務めている。岩政は翌年のアジア杯の招集を最後に代表から遠ざかり、タイ移籍などを経由して関東1部・東京ユナイテッドで現役を引退している。現在はDAZNJリーグを中心に解説を務めており、理論的な解説で人気を集めている。また書籍やコラムの執筆にも積極的である。

 

MF

今シーズンをもって現役引退を発表した阿部勇樹はアンカーとして全4試合に出場し、うち3試合でフル出場を果たした。大会直後に当時2部のレスターに移籍し、2シーズンでのイングランド修行の後2012年に浦和レッズに復帰。長年に渡り浦和のボランチとして中盤に安定感をもたらしていたが、出場機会の減少により今シーズンでの引退を決断。J1通算23シーズンのプレーはJリーグにおける歴代最多記録となった。

セントラルMFでは遠藤と長谷部が全試合で出場。遠藤は類まれなFKの才能を持ち、第3戦デンマーク戦で追加点を挙げた。代表ではザック政権時でも主力ボランチとして重宝されたが、2014年頃より代表で序列が落ち、翌年のアジア杯を最後に構想外となっている。G大阪では20シーズンに渡って活躍していたが、昨年に出場機会を求めて磐田に移籍し、現在に至る。なお遠藤は横浜フリューゲルス消滅時にプロデビューした選手のひとりであり、かつ同クラブに在籍した経験のある最後の現役選手でもある。長谷部は浦和レッズでプロデビューし、2007年頃よりA代表にも召集。同時期にはヴォルフスブルクへ移籍しており、2008年にブンデス優勝も経験した。このW杯では大会直前に主将に任命され、以後長きにわたり日本代表をピッチ上からリードしていった。ロシアW杯後に代表引退を表明したが、現在もフランクフルトでレギュラーとして戦い続けている。

両ウイングは松井と大久保がスタメンを張った。松井は高いドリブルの才能をもって早くから海外で挑戦。フランス、ロシア、ポーランドなどを経由し、今シーズンからはフットサル選手に転向した。先日の代表戦ではゲスト解説を務め、解説を交えたトークで話題になった。大久保は現在こそ点取り屋としての印象が強いが、当時はウイングが主戦場だった。全試合に出場しているが、いずれの試合も途中でベンチに下がっている。その後川崎で得点王に輝いた2013年頃から再び代表に呼ばれ、次ぐブラジルW杯でも招集されたが、期待とは裏腹にノーゴールに終わった。クラブでは長谷部と同じシーズンにヴォルフスブルクに移籍し、ブンデス優勝も経験したが、自身はリーグ戦9試合ノーゴールで国内に戻っている。大久保も先日、プロキャリアをスタートさせたセレッソ大阪で現役引退を発表した。

そして本田圭佑はMF登録でありながら、岡田監督の直前の戦術変更によりCFに抜擢。「0トップ」のCFポジションを担い、第1戦カメルーン戦では先制点を挙げた。さらに第3戦デンマーク戦では先制の直接FK弾を決め、本大会で2得点を挙げた。ザック時代以降は主にトップ下でプレーするようになったが、依然として日本の絶対的エースに君臨した。クラブでのコンディションが疑われる中でも代表では結果を残し続け、ブラジルW杯でも1得点、ロシアW杯でも1得点を挙げ、W杯3大会連続得点と通算4得点をマークした。これらはいずれも日本代表における最多記録である。クラブにおいてもCSKAモスクワで長年レギュラーを務めた後に、セリエAミランに移籍。背番号10も付けたが、当時チームは大きく低迷しており、自身も最初のシーズンを除き結果を残すことができなかった。その後はメキシコやブラジル、アゼルバイジャンなどを転々とし、経営者や指導者としてのキャリアも並行してスタートさせている。

稲本はFPでは中田英寿小野伸二に次ぐ史上3人目の3大会連続出場。日韓W杯での2ゴールの印象が強い彼だが、この大会ではカメルーン戦、デンマーク戦での短時間の出場に終わっている。クラブではG大阪で活躍した後、2001年にアーセナルに移籍。日本人初のプレミアリーガーとなったが、出場機会に恵まれなかった。その後フラム(当時プレミア)やWBAなどを経由し、W杯選出時は川崎でプレーしていた。その後札幌で4シーズン在籍し、現在はJ2相模原でプレーしている。同じく川崎所属の中村憲剛パラグアイ戦の延長を含めた約40分のプレーに留まっている。昨シーズンをもって18年間の現役生活に終止符を打ち、川崎のバンディエラとしてスパイクを脱いだ。現在はDAZNで代表戦などの解説を務めており、理論的かつ言語化に長けた解説で前述の岩政と共に高い人気を集めている。

そして10番の中村俊輔は2大会連続の招集となったが、戦術の変更や自身の不調などを受けて出場機会を失った。本大会では第2戦オランダ戦の途中出場に留まり、不本意な形でW杯を終えている。俊輔はアジア杯やクラブ(特にセルティック)では圧倒的な活躍を見せたプレイヤーとして現在も多くの日本人に記憶されているが、W杯では本来の力を発揮できず、大会の開催間隔に泣かされたプレイヤーともいえる。W杯後はマリノス、磐田を経て、現在は横浜FCに在籍している。

 

FW

「0トップ」として本田がCFのポジションを担っていたため、当初のCFであった岡崎はスーパーサブとして全4試合で途中出場した。時間が限られる中での出場だったが、第3戦デンマーク戦ではダメ押しの一発を決めている。代表ではその後もエースストライカーの座に君臨し、W杯もここから3大会連続で選出されている。しかし岡崎といえば、2015-16シーズンのレスター在籍時の活躍が記憶に新しい。このシーズンではストライカーのヴァーディのおとり役として主に守備面で貢献し、得点への道筋を多く作り上げた。そしてレスターはこのシーズンのプレミアリーグで優勝し、香川真司(マンチェスターU)に次ぐ日本人2人目のプレミアリーグ優勝選手となった。その後は監督交代などの影響で移籍を迫られ、現在はスペイン2部を主戦場に戦い続けている。

玉田は2大会連続の選出。前回大会のブラジル戦で先制点を挙げたことでも知られる。しかし戦術変更の煽りを受ける形でオランダ戦、パラグアイ戦2試合で途中出場したのみに留まっている。柏や名古屋でエースストライカーとして活躍した後、現在はJ2長崎に所属している。187cmの長身FWの矢野はそれまでのA代表出場数が17試合と浅い中での選出となった。ただし本大会では初戦の南アフリカ戦のみの出場に留まっている。大会後にフライブルクに移籍し、その後2度の新潟復帰を経て昨シーズンよりJ2栃木に在籍。

最後に若くしてセリエAの舞台で戦い続けてきた森本は、この大会では出番なしに終わった。大会後は代表から遠ざかり、クラブでも出場機会が限られる状況になっている。2021年にはパラグアイのクラブに移籍したが、飲酒運転による逮捕などピッチ外の出来事でしか話題を提供できていないのが現状。東京ヴェルディ在籍時の2004年にJリーグとしては初めて中学生としてトップチーム公式戦に出場し、将来を嘱望されていたストライカーであった。現在も典型的な早熟プレイヤーとして名前が上がることがある。

 

岡田監督の今

次は当時のチームを指揮していた岡田武史監督の今について。この時点で代表監督は2度目の指揮となり、W杯も初出場だったフランスW杯以来4大会ぶりの指揮となった。2007年末にオシム前監督が病に倒れ、2008年初より急きょ招聘されることになったのが就任への経緯である。大会直前には親善試合で連敗を重ね、「0勝3敗」を予想する声が圧倒的多数だったが、大会直前での戦術変更が功を奏し、2勝1敗で決勝トーナメント進出を決めた。決勝トーナメント1回戦でパラグアイに敗れるものの、スコアレスでPK戦に突入しベスト8まであと一歩まで迫ったゲームだった。

その後はJFAの理事に就任し、2012年には中国の杭州緑城(現:浙江緑城)の監督に就任。2013年末に退任し、これが現在の所最後の指導者キャリアとなっている。翌2014年からはFC今治に出資し、オーナーに就いている。その傍ら、解説者として地上波やDAZNで日本代表の解説を務めたり、講演活動も行っている。

 

余談:予備登録選手・サポートメンバーの今

最後に余談として、本登録メンバーから漏れたものの、予備登録やサポートメンバーに選出されたメンバーの現在についても軽く触れていきたい。

2010年代を代表するプレイヤーである香川真司は10代にして日本代表に招集されており、本大会での選出が有力視されていたが落選。予備登録およびサポートメンバーに入り、練習要員として帯同した。その後代表アジア杯やW杯などで10番を着用してエースに君臨、クラブではドルトムントブンデス優勝の立役者として大活躍することになる。

サポートメンバーでは他に山村和也酒井高徳永井謙佑が選出し、チームに帯同。山村は流通経済大学所属の大学生であり、同年に1試合のみではあるがA代表の招集経験がある。2012年に鹿島とプロ契約を交わし、その後C大阪を経て、現在は川崎に在籍している。酒井高徳は2012年にA代表初招集。2010年代半ばに代表の主力SBとしてコンスタントに出場し、2018年ロシアW杯では本大会メンバーに選ばれた。クラブではハンブルガーSVなどでプレーし、HSV在籍時は主将も務めた。永井はこちらも大学生だった時に呼ばれ、翌2011年に名古屋とプロ契約。2012年ロンドン五輪ではエースストライカーとして活躍したが、A代表には長年縁がなく、2010年の初出場から次の代表戦出場まで5年の空白があった。2019年には3得点をマークしているが、前線にも守備を求める森保監督の方針により以後招集はない。なお、サポートメンバー4名は現在も全員現役。

サポートメンバーとは別に、大会直前での離脱に備えて予備登録されたメンバーには前述の香川に加えて、徳永悠平(FC東京)、槙野智章(広島)、石川直宏(FC東京)、小笠原満男(鹿島)、前田遼一(磐田)、田中達也(浦和、現浦和所属の同姓同名とは別人)の7名が選出されていた。石川に関しては直前の日韓戦で決定機を外しまくっていたから落選するのは妥当かなと。槙野はJでも屈指のパフォーマンスを見せながらも、代表監督の相性や怪我などで代表には縁遠かったが、ロシアW杯の本戦メンバーに選出されている。前田遼一は翌年のアジア杯で圧巻のパフォーマンスを見せ、一時代表のエースに君臨したが、次のブラジルでは若手の台頭によりまたも本戦メンバーから漏れている。ある意味俊輔以上に開催間隔に嫌われた選手だった・・・。なお予備登録の現役選手は香川、槙野(去就未定)の2選手のみである。

 

総括

といった感じで、本登録メンバーと予備登録、サポートメンバーの今を振り返ってみました。あの頃に活躍していたプレイヤーが次々と引退していくのを見ると、時の流れは早いものである。南アフリカ組のいくつかの選手はすでに解説者として、日本のサッカー中継の質の向上に取り組んでいるので、今後も頑張って欲しい。そして現在こそJリーグの監督として指揮している人物はいないが、いずれはどこかから出てくるであろう(個人的にあるとしたら憲剛とか岩政あたりが有力?)。いずれにせよ、どのポジションにおいても、今大会に出場した方々が日本サッカーのために、ピッチの内外で戦い続けて欲しいと思っている。

*1:ガンバ大阪はこの前の2012シーズンで初のJ2降格を喫し、2013年の1シーズンはJ2で戦った